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精錬に集中

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猛暑の中、屋外コンロで連日の精錬。

この春から夏に、やり方が決まってきた。

外で作業すると

屋内よりもゆっくり時間が流れ、

集中度も増すような気がする。

(というより、夏って、室内にいるのがストレスです)

ヒトはもともと家も持たず、

暮らしていたこともあったのだ

外の広さを感じることは

プリミティブな行為なんだと再確認する。

あ、もう夏じゃないですね。九月です。

とにかく、しばらくは精錬に集中。

原初の驚き

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ホモサピエンスが大脳を発達させた最大の理由は

肉食を始めたことによるらしい。

肉食によって、脳が大きくなることが出来のだが

その、大きくなった脳で、ヒトは

生きるだけでなく、

自分たちを取り囲む様々な植物動物を研究し始めた。

様々なトライによって、知識の蓄積が始まっただろう。

植物は食され、体に塗りつけられることによって、

栄養として以外の、不思議な力を

ヒトに見せつけ続けただろう。

代々、キノコを調べる家では、男が死ぬ前に

一度も食べたことのないキノコを食したと民俗学が語るように、

興味から、さらには使命感を持って、ありとあらゆる

植物、動物に手を出していったであろう。

そして、身近にあるあらゆるものは可能な限り

調べ尽くされていったに違いない。

そして、植物の持つ様々な効力を不思議な恐るべき力として

記憶に刻んでいったであろう。

その不思議な力を、この列島の人々は

植物の魂の仕業と考えてきたようである。

日本の古代において、色を染めることは

植物の和魂を、取り出し、完全に布に移す作業である。

(この意味で、植物繊維への染めは、どんなに濃くても

それが禁色の染料であっても、価値のあるものとはみなされなかった)

ところで、古代までのヒトは、

この和魂=不思議な力 のおおもとは

色に宿っているとは思ってこなかった。

不思議な力が目に見えないものと言うことを

よく知っていた。

現代人は色ばかりに惑うのだが

染めるとは、色の問題では、無い。

植物という不思議の根源に触れる問題なのだ。

それは、ヒトが世界を見渡したときの

原初の驚きを内包している。

久しぶりに写真

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久しぶりに、サイトのデザインを変えてみました。

そして久しぶりに写真をアップ。

右のカリヤスがあまりに目立つのですが

ムラサキも肉眼では激しく発色してきました。

グリーン系グレーの糸も。

最後に着尺の染め。

冬から準備をして、最近染めていたもの。

着尺をヤマモモの染液に通したあと、干しています。

このあと洗いに入ります。

この着尺はグリーンに発色させる予定。

かみしめる

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仕事としての

染めの精度を上げるための試験。

今のベストを作ること。

しかし、一気に深追いは禁物だと自戒。

体力のこともある。

雨城先生も曰く

「出来たと思ったときは、死ぬとき」

いろいろな思いで、この言葉を毎日かみしめる。

裏切られるというより

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何度も何度も、思わぬ結果になる度

裏切られた感じがしたモノだけれど

それは違うんですよね。

人間の予測のほうが、間違っていたり

検査方法が甘かったから

違う結果になるだけなんです。

染める。2色。

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紫とかすおうを同じ日に染める

ということは、とても危険なので

片方を、染め場でないところで決行。

何かは付く 

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何かって言うのは、色ではない。

何かが付いているのが、大事なのに

それはうっかりすると見えなかったりする。

それが、軽くあしらって結果を急ぐなら

全ては水の泡。

(なので、生徒の皆さん、がんばって下さい)

「何かは付く」これは、

前田雨城先生の明言中の明言だと思っているのです。

染めの理論という物語。

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雨城先生に習ったことの中で、一番の衝撃は

染色原理のこと。

なにしろ、(ある意味当然だが)

染色における定説は未だ無いのだ。

それどころではない、、、

発色機構さえ、いまだにはっきりしていない。

なにしろ、つまり、本気で色についてやるならば

アインシュタインが出てこなければならない。

色は光と一体なのだ。

原子は実は光を出している(蛍光を出す)ことが

人間の手では全くの黒を生み出せない

ことにつながっていたりする。

色について探求をし始めると

物質で何?光ってなんだ?、、という

宇宙の謎に挑むことと同じ事になってしまう。

ということで、とにかく、

理論は仮説なのだ。

でも、仮説であっても、理論は大事だ。

雨城先生の理論(仮説)は私にとって衝撃だった。

そして実感したことは、

理論という物語を人は必要としている。

それがあとで間違っていたとしても

今を生きる人にとって、今通じる形で

理論になっていなければ、

私たちは、染めの今を生きることは出来ない。

昔語りでは、だめなのだ。

だから、なるべく具体的に、

染めの理論が頭と体に入っていくように

現代では化学式や、科学的説明が非常に求められると思う。

それを作り上げて下さった先生に感謝。

(それでも本当は、

草木の和魂を全て取り出して、完全に布に移す

水と火、土や風を知り、それの力を十全に用い、

その力で完全に止める

という、古代人の草木風水土に対する

感性、探求、哲学のほうが、

100倍はすごいのだが)

初心者

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昼間は、染色の講座、

夜は、薪ストーブの火の番をしながら、

帯締め用の糸を染める。

ストーブは当たり前だが、

講座も、染めも

全て初心者のように未だ慣れない。

(誰もそう思ってはくれないかもしれないが!)

慣れないことが実は好きかもしれない。

人生、

いつでも、新しいことがある方がいいにきまっている。

さあ、明日はまた織りと格闘。。。。。

素材と色と

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コットンの染め。

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洋茜、すおう、ザクロ、紫根