4月
その始まりを
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その始まりを確実に。
やりたいことを優先すると
弊害が大きい。であるので、
春からは
片付いていく方向で仕事の割り振りを考える事にした。
なので、まずはまた紫染めと言うことになった。
連続して、紫根をやる事は躊躇してしまう。
精神的肉体的にに充ちていないと、心配なのだ。
途中に梅染めとか、やりたかったな。
気軽とは言わないけれど、気は張らない色もある。

体調を崩して、予定の大幅に狂った2月。。。
子供と絵の具で絵描きあそび。
リフレッシュする。
まず色を手に入れる。
どんな色が私の手元にあるのか。
そして、それを使って何を作るか。
遊びながら考えていた。
色だけでも、だめだけど
やっぱり色がなければ、何も始まらない。
仕事としての
染めの精度を上げるための試験。
今のベストを作ること。
しかし、一気に深追いは禁物だと自戒。
体力のこともある。
雨城先生も曰く
「出来たと思ったときは、死ぬとき」
いろいろな思いで、この言葉を毎日かみしめる。
「前田雨城先生は、誰にも一切染め場を見せないし、
染めているところを公開していないんです」
と、話したら、、、
「え?じゃあ、どうやって習ったのですか?」と
鋭い質問を頂きました。
「それは、自分で修行するんです。」
そう、先生の染めた色を見て、技を盗むしかないのです。
古代の色は、色が、色相も、質感も、全然違うから
自分で出来ているのか出来ていないのかは
比べればわかることで、盗めるまでやるかやらないか
それだけなんです。
一色一色、研究していくしかないのです。
もう、後戻りは出来ないので、続けているだけなんです、、、。
何度も何度も、思わぬ結果になる度
裏切られた感じがしたモノだけれど
それは違うんですよね。
人間の予測のほうが、間違っていたり
検査方法が甘かったから
違う結果になるだけなんです。
この一年、何をしていても、紫のことで頭がいっぱいだった
探求が、出来る時間も出来ない時間も
なにかしら紫のことを考えていた。
薬効としても
色としても
染料のきむずかしさも
一級品である
紫まで、私の手と足と頭は、届きたかったから。