1月
ブルームーン
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(Credit: Anthony Ayiomamitis)
今夜は、月に2度目の満月、それを
ブルームーンとよぶらしい。
それに、今日はもっとも月の軌道が地球に近づいているので
大きく見える。
冬の夜空はすっきりと晴れて
望遠鏡でのぞいたら眩しかった。

(Credit: Anthony Ayiomamitis)
今夜は、月に2度目の満月、それを
ブルームーンとよぶらしい。
それに、今日はもっとも月の軌道が地球に近づいているので
大きく見える。
冬の夜空はすっきりと晴れて
望遠鏡でのぞいたら眩しかった。
管に糸巻きをしているとき
一瞬脳みそが飛んだ。
はっと気がつくと
自分が糸巻きしていてびっくりした。
先日は、目が覚めたとき、軽い記憶喪失で
高校生ぐらいの自分に戻っていた。
2秒後ぐらいに、現在の自分の記憶が入ってきて
「染色をしている自分」に、
高校生の自分が驚いていた。
ほんとに、心臓がばくばくした。
仕事としての
染めの精度を上げるための試験。
今のベストを作ること。
しかし、一気に深追いは禁物だと自戒。
体力のこともある。
雨城先生も曰く
「出来たと思ったときは、死ぬとき」
いろいろな思いで、この言葉を毎日かみしめる。
「前田雨城先生は、誰にも一切染め場を見せないし、
染めているところを公開していないんです」
と、話したら、、、
「え?じゃあ、どうやって習ったのですか?」と
鋭い質問を頂きました。
「それは、自分で修行するんです。」
そう、先生の染めた色を見て、技を盗むしかないのです。
古代の色は、色が、色相も、質感も、全然違うから
自分で出来ているのか出来ていないのかは
比べればわかることで、盗めるまでやるかやらないか
それだけなんです。
一色一色、研究していくしかないのです。
もう、後戻りは出来ないので、続けているだけなんです、、、。
何度も何度も、思わぬ結果になる度
裏切られた感じがしたモノだけれど
それは違うんですよね。
人間の予測のほうが、間違っていたり
検査方法が甘かったから
違う結果になるだけなんです。
この一年、何をしていても、紫のことで頭がいっぱいだった
探求が、出来る時間も出来ない時間も
なにかしら紫のことを考えていた。
薬効としても
色としても
染料のきむずかしさも
一級品である
紫まで、私の手と足と頭は、届きたかったから。
古伝の肝心な部分は最初と最後。
本日、最後の仕上げ。
これが不安。目に見えない仕事なので。
私はまだひよっこだ、、、。
あ、でも、この後が本当の仕上げか。
風にさらす。月日のかかる仕上げ。
どの仕事の一見全く目には見えないが、
結果はそのうち、わかる。
落ちるか落ちないか。擦ればわかる、
これが結論。
丹後より、緞子縮緬が届く。
水に、つけると、精錬カスがどっとでる。
丹後では、このカスを、技と均一に残すのだそうで
そうしないと、引き染め等友禅ではムラになるのだそうだ。
つまり、精錬カスに、染めていると言うことで
だから、水に浸けてはいけない。
水に浸けたら、カスが寄って、
偏りが出て、水染みが出たりする!
精錬も、必ず漂白が行われている。
漂白無しでは、買える値段の糸は作れない。
真っ白な糸だけを取るなんて、
量産は不可能な世界になってしまうのだそうだ。
よって、繭の中身のカス等が付けたシミを取るために
漂白は必須なのだそうだ。